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管理者の当事者適格ーマンション関連裁判例紹介ー
はじめに
東京地方裁判所平成28年7月29日付判決を題材に、令和6年度通常国会に法案提出が予定されています「区分所有法制の改正に関する中間試案」の一つについて解説します。
本裁判例では、訴訟の係属中に、一部の区分所有者が交替したことにより、管理者(理事長)の訴訟追行が不適法となった(原告適格が失われた)と判断されました。
それでは、詳しく見てみましょう。
当事者
原告…本件マンション管理組合の管理者(理事長A)
被告…本件マンションの分譲業者B社および販売代理業者C社
事案の概要
本件マンションは平成22年に販売が開始され、平成24年までに全ての区分所有権(84戸)の販売が完了した。
本件管理組合は、共用部分である外壁に生じたタイル等の浮き、はく落、欠損及びひび割れ等の瑕疵が存在するとして、平成25年、臨時総会を開催し、B及びCに対する補修および損害賠償等を求める訴訟を提起し、Aに訴訟追行権を授権する旨の決議を行った。
ところが、本訴訟が係属してから口頭弁論が終結するまでに、本件マンションの9戸の区分所有権が転売され、このうち2名が分譲契約から生ずる一切の請求権(前主の瑕疵担保請求権等)を譲受人に譲渡しなかったので、決議の効力が問題とされた。
裁判所の判断
・本件マンションの一部の区分所有権の転売により区分所有者ではなくなった前区分所有者について、(前区分所有者が口頭弁論終結時において本件マンションの区分所有者でない以上、)原告(A)は前区分所有者を代理することはできない。
・共用部分等に係る請求権は各買主に個別的に発生し帰属するから、転得者である区分所有者の一部が同請求権を譲り受けていないという本件の事情の下では、同請求権は現在の区分所有者全員に帰属していない(2名の区分所有者が同請求権を保有してない)。
・Aは区分所有者全員を前提とする区分所有法26条4項の授権決議を受けていないことになるから、Aが区分所有者全員を代理することはできず、原告適格を欠くことになる。
・以上より、訴えが却下された。
コメント
(1)本裁判例によって示された問題点
共用部分等に係る請求権が生じた場合でも、管理者が授権を受けて訴訟手続が終了するまでに一定の期間を要することも多く、その間に一部の区分所有権が譲渡され、その結果、一部の区分所有者が共用部分等に係る請求権を保有していないことになることもあり得ます。
本裁判例は、このような場合に、管理者の訴訟追行権が認められないとして門前払いの判断を示したものです。
本裁判例の理解を前提とすると、共用部分等に係る請求権が生じた後に、一部の区分所有権が転売されるなどして、現在の区分所有者の一部が当該請求権を保有していないことになった場合には、管理者は、事実上、区分所有法26条4項に基づいて訴訟を追行することができず、他の区分所有者も個別に訴えを提起しなければならないことになります。
なお、民事訴訟における当事者適格などの訴訟要件(原告の請求に対する実体的判断〔認容または棄却〕の前提となる条件)は、事実審の口頭弁論終結時に具備している必要があるとされています。
訴訟要件を具備しない場合は、訴えの却下という門前払いの判断がなされます。
また、本裁判例で対象となる権利(共用部分等に係る請求権)は、あくまで個々の区分所有者に帰属する売買契約上の瑕疵担保責任に基づく権利であり、この権利行使を管理者に委任する(このことを任意的訴訟担当といいます)という法律関係が前提となっています。
他方で、例えば、管理費等の滞納者に対する管理費等請求権は全組合員の共有となり(管理組合が法人化されていない場合。管理組合法人の場合は法人自体に権利が帰属します。)、本裁判例とは峻別して考える必要があります。
(2) 区分所有法制の見直しの動き
高経年区分所有建物の増加と区分所有者の高齢化を背景に、区分所有建物の所有者不明化や区分所有者の非居住化が進行している現状において、政府は、区分所有建物の管理・再生の円滑化に向けた区分所有法制の見直しが喫緊の課題であると受け止めており、令和5年6月、「区分所有法制の改正に関する中間試案」(以下「中間試案」)が取りまとめられ、次期(令和6年)通常国会での法案提出が見込まれています。
本裁判例により示された問題点についても、以下のように改正がなされようとしています。
(3)共用部分等に係る請求権の行使の円滑化
現行法では、共用部分等に係る請求権が生じた後に、一部の区分所有権が譲渡されて、現在の区分所有者の一部が当該請求権を保有しないことになった場合などで、前区分所有者の有する共用部分等に係る請求権の代理権や訴訟追行権を消滅させる規律が不明確です。
そこで、中間試案においては、管理者は、共用部分等に係る請求権を有する者が区分所有権の譲渡により区分所有者でなくなった場合であっても、原則として、前区分所有者を含めて共用部分等に係る請求権を有する者を代理してその請求権を行使し、また、訴訟担当として訴訟を追行することができる旨が定められています。
このような法改正によって、本裁判例のようなケースで、一部の区分所有権が転売されるようなことがあったとしても、管理者(理事長)の原告適格に影響が生じることはなくなり、裁判所による門前払いの判断は避けられることになると考えられます。
なお、中間試案の内容はいまだ流動的なものですから、今後の動向に十分にご留意ください。
*大規模修繕工事新聞2023年9月号に掲載された原稿に一部加筆修正を行いました。
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